善光寺法話

第21回 善光寺街道

善光寺の僧侶が集まり「善光寺街道を巡る」研修会を行っております。今年(平成27年)は3回目を迎え、「善光寺信仰遺跡めぐり」をテーマに11月25・26日に実施しました。長野県塩尻市と木祖村を結ぶ鳥居峠を実際に歩き、各遺跡を目にしながら、かつての善光寺に対する信仰の歴史を勉強いたしました。

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印象に残ったのは、道中に数多くある石碑です。現代は電車やバスといった交通網の発達により、気軽に遠くまで行くことが出来ます。しかし、そのような交通機関がない時代には、自身の足で目的地まで歩かなければなりません。そんな時代でも、善光寺如来様の功徳を授かろうと、多くの方が善光寺を目指しました。しかし峠を越え、数百キロを歩く必要があります。残念ながら道中力尽きてしまい、善光寺にたどり着けなかった方も少なくなかったようです。その慰霊碑となる石碑が多くあり、「善光寺」という文字が刻印されたものもしっかり残っていました。と同時に、それらの慰霊碑(石碑)は地元のみなさんに今でもしっかりとお守りされていることに、感慨深い思いをいだきました。

また、善光寺から遠く離れているため、中々お参りができないからと、江戸時代には善光寺の御分身仏を本尊としてお堂や礼拝堂が建てられました。それから200年以上もの間、多くの信徒さんが集まり決まった日にお勤めをしておられます。市役所の職員さんや、お仕事をお持ちの一般の地元のみなさんがしっかりとお守りしていただいていることに、頭が下がる思いです。

nenbutsuko信州最南端の村でもある長野県売木村にある観音堂で行われる念仏講は、村の無形文化財にも指定されております。聖観音菩薩を御本尊に、左脇侍には善光寺如来が、右脇侍には弘法大師が、さらに両脇に三十三所観音を御安置し、毎年春、彼岸明けまでの48日間、一日も休むことなく「お念仏」をお称えされています。

長野県木曽谷の南部に位置する大桑村には、大桑村暮沼・弘法様があります。ここは弘法大師を奉りながら、その横には今でもその姿をはっきり残された善光寺如来の石仏も奉られておりました。長野県南部の木曽に、なぜ信仰跡やお堂が数多くあるのか、はっきりとはわかりませんが、江戸時代から歴史を継いで現代に至るまで守り続けられているのは確かです。

善光寺信仰の深さと、積み重ねてきた史跡を目の当たりにし、「一生に一度は善光寺参り」という言葉の重みを感じた研修会でありました。同時に、それほどの信仰心を集める善光寺如来様の元でお勤めをさせていただくことに、感謝しなければならないと改めて感じました。私にとって身近な存在である信州善光寺ですが、歴史の深さと信仰の広さについて、まだまだ知らないことばかりだと痛感しました。みなさんも、善光寺の歴史をたどってみてはいかがでしょう?

合掌

吉祥院徒弟 隆嗣 拝