善光寺法話

第2回 年末年始

今年もはや12月、慌ただしい年末に入りました。さて、大晦日を目前にした頃になりますと各家庭で大掃除やお飾りなど年越しの準備を始められることと思います。

ところで、善光寺の年越しの準備は、大晦日目前ではなく12月の初めから始まります。そして善光寺如来様のお年越しは実は12月31日大晦日ではなく、それ以前に皆さんの目に触れることなく行われています。今回は年末から年始にかけての善光寺の主な行事についてお話ししたいと思います。


 お注連張り(おしめはり) [12月1日]

今年度の堂童子役(どうどうじやく)を勤める僧侶の自坊に「注連縄」を張りお清めをします。寺全体を清めることで善光寺での年越し行事が始められます。

堂童子役とは、12月31日より1月15日まで白装束でご本堂に籠もり、如来様への供物や灯明を絶やさぬようお仕えするお役です。正月の松の内まではご本堂内陣に堂童子の座が特に設けられます。

釜祈祷 [12月中旬]

大勧進御貫主名代の堂奉行が堂童子役の寺へ赴き、如来様へのお供えを炊くために新調された「かまど」を祈祷いたします。

御越年式 [12月二の申の日]

善光寺如来様のお年越しは、古来より「12月二の申の日」と決められており、その儀式を「御越年式」と申します。

当日深夜、善光寺境内の明かりは全て消され、ご本堂の扉を全て閉め切った漆黒の闇の中、大勧進御貫主が「無量寿供」という秘法を人目に触れることなく厳かにお勤めになられます。

御越年式の中で皆さんの目に触れますのは、「四門固め」(しもんがため)の儀式だけです。これは小さな白木の三宝に「おからこ」と呼ばれる餅を丸めたものと、米の粉で作った「ねねつぶ」とを載せて境内地内外の各処にお供えをして歩くもので、その様子は暗闇の中だけに大変神秘的な情景です。

昔より善光寺周辺では「如来様のお年越しの日」ということで、この夜を静かに過ごし、翌朝早く一年間の幸福を願ってこの「おからこ」を拾う習慣があります。

お煤払い [12月28日]

この行事は、堂奉行(天台宗)と堂童子を始めとする浄土宗の僧侶が行います。堂奉行は御本尊様がおられる瑠璃壇に入って宮殿の扉を開き、御本尊様をお納めしている笈厨子(おいずし)の埃を払います。その間、堂童子ほか浄土宗の僧侶らによって外陣・内陣・内々陣が清められます。


ここまでが新年を迎えるまでの主な準備と儀式です。一ヶ月間かけて年越しの準備が整えられ、やっと大晦日を迎えるわけです。

さて、このように、比較的ひっそりと準備を進めて参りますが、新年の行事は賑やかな中に行われます。


 朝拝式 [1月1日]

朝拝式は元日の午前零時を期して鳴らされる除夜の鐘を合図とし、両寺住職及び一山式衆総出仕の下、午前1時より約2時間に亘り執り行われる迎春初の「朝開帳」の儀式です。内陣には堂童子の座が特別に設けられ、その年最初のお供物を捧げます。その後、御本尊様へお供えした御仏飯を僧侶一同がいただきます。

この朝拝式の前後には、いわゆる「二年詣り」にいらした参拝者の方々が大勢お越しになります。厳寒の張り詰めたような空気の中にくっきりと照らし出される本堂、そして堂内には厳かな読経とどこか華やいだお参りの声。いつもと違う善光寺を味わっていただけると存じます。

修正会 [1月1日~3日]

修正会とは、一山僧侶総出仕で天下泰平・五穀豊穣を祈願する法要です。もとは元日から6日までの毎日申の刻(午後三時頃)に行われていました。江戸時代にはこの修正会が終った1月7日に、江戸幕府と松代真田藩に巻数(かんじゅ)を差し上げることになっていました。これは修正会で読まれたお経の目的などを書いたものです。

現在の修正会は元日から三日間、午前と午後の2回執り行われます。

びんずる廻し [1月6日]

1月6日夜、ご本堂外陣で「おびんずるさん」の像を担ぎ廻す行事です。この後、参詣者の皆様が「福しゃもじ」でおびんずるさんの体を叩いて一年中の無病息災を願います。

「おびんずるさん」に触れることで病を治していただくという信仰は広く知られています。それは善光寺にある「びんずる像」の元のお顔が判らないほど人々の手によってツルツルになっていることからもうかがい知れると存じます。

七草会 [1月7日]

1月7日には、万病を除くといわれる七草粥(春の七草:セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ)を各ご家庭で頂く風習がございます。善光寺では平安時代初期頃から七草の儀式が始められたとも伝えられております。その七草の儀式は、午前3時より一山僧侶全員が出席して行われます。まず毎朝の法要と同じ「開帳法要」、次に「修正会」、そして「御印文加持及び御印文頂戴の儀」の三つを一度にいたしますので、長時間を要します。昔はこの盛儀を慕って全国各地からの参詣者が訪れ、ご本堂内は人々の人いきれで霞んだほどとも伝えられます。

俳人・小林一茶はこの七草法要を見て

「人の日や 本堂を出でる 汗けむり」

と詠んでいます。ここからも、当時は大勢の方がお参りに来られていたことがうかがえます。

御印文頂戴 [1月7日~15日]

御印文頂戴とは、善光寺如来様のご分身である三つの御判さん(御印)を参詣者の頭上に戴かせて所願成就ならびに極楽往生の結縁の証とする儀式で、7日から15日まで毎日朝9時頃から夕方まで行われます。

この御印文頂戴は、古典落語『お血脈』の中で「閻魔大王の命令で善光寺へこの御印を盗みに入った石川五右衛門が、それを見つけてうれしさのあまり額に頂いた所、そのご利益で極楽へ行ってしまった」という話になるほど、有名な儀式です。

東門開き [1月15日]

御印文頂戴の最終日である15日の朝、普段は締め切られているご本堂西側の扉を開けます。西側の扉を開けるのになぜ「東門」なのでしょう。それは西方にある極楽浄土から見ると、ご本堂は東側に当たります。ご本堂の西の扉はそのまま極楽浄土の東門の扉であり、それは善光寺が極楽への入口であるという信仰から言われるようになったのでしょう。そうしたことから「東門開き」と申します。

堂童子絵詞伝によると、「14日までは現世安穏を祈って御印文を授け、15日は極楽の東門を開いて往生決定(おうじょうけつじょう)の思いで授ける」ということだそうです。


以上、簡略ではございましたが善光寺における年末年始の行事についてご紹介いたしました。

これから迎えます新年が皆様にとりまして幸せな一年となることをご祈念致します。

合掌