善光寺法話

第15回 お賽銭

お賽銭は、願いが成就した感謝の印として、仏様や神様へ供えるお金を指します。
もともとはお金ではなく、珍しい物や大切なものをお供えしていました。例えば金や銀、お洗米(洗い清めたお米)などです。中でもお洗米が多く用いられ散米(さんまい)と呼ばれました。
貨幣が流通しはじめると、散米より手軽にお供えできるお金が使われるようになり、散銭(さんせん)と呼ばれるようになりました。散銭は賽銭に文字が変わり、9世紀頃には中国で仏様へお賽銭を供える風習が一般化していたようです。
日本では貨幣経済が本格化したのが中国より遅く、室町時代頃と言われています。また貨幣経済の影響は、時代と共に本来の感謝から、御利益を取引的に考える人を増やしました。

お賽銭の「賽」という文字には「むくいまつる」という意味があります。仏様や神様から授かった御利益に対して、お礼参りに際してお金を供えることです。
また、「喜捨」という言葉がありますが、これは文字通り「喜んで捨てる」事。
お賽銭をお供えする際にも、まずは祈願より先に日々の生活に仏神のご加護がある事を感謝します。
つまり、清らかな心で喜んで自分の持てる力を捨てる(お供えする)、決してそれに対する見返りを求めないという意味です。

お賽銭は、同じ志を持つ人々が集まり祈る場所(お寺)を維持するために使われます。この善行に対してご利益が生まれるのです。仏様や神様は、お賽銭の額によってご加護の加減をされるのではなく、願って祈る人の真摯な気持ちや普段からの誠実な行ないや弛まぬ努力に対して、ご加護下さるのです。

(東條香舜)