善光寺法話

このコーナーでは、法話や善光寺にまつわる説話などを紹介してまいります。

【最新】第50回 いただきます

皆さんはご飯を食べる時に何と言いますか?「いただきます。」と手をあわせて唱えてから食事を食べていらっしゃるでしょうか。この「いただきます。」という言葉に対して食事を終える時には「ごちそうさまでした。」と唱えて手をあわせます。


この二つの言葉に込められた意味をご存じですか?

最初に唱える「いただきます。」という言葉は比較的イメージがしやすいかと思います。分かりやすく「食事をいただく」と考える事ができますが、さらに深く考えますと「命をいただく」という事にたどり着きます。私たちは生き物を食べること、他の生き物の命をいただいて生きています。これは動物に限らず植物も同じです。他の生き物を殺めて(命をいただいて)食べて生きているのです。ですから、これから食べる命に対して「ありがとうございます」という感謝の意味を込めて「いただきます。」とお唱えをするのです。

食事を終えてから唱える「ごちそうさまでした。」という言葉には一体どんな意味が込められていると思いますか?文字から考えてもなかなか想像ができないかもしれません。昔の言葉に「馳走」という言葉があります。単純に「料理」を表す言葉でもありますが、その語源は食事の準備のために走り回る様子であると言われています。この意味も深く考えますと、お米一粒にも農家の方の苦労が込められており、そのお米に関わった人たちが大勢いるという事が想像できるかと思います。普段、私たちが食べ物を手に入れる事ができるのは、多くの人たちの苦労の結果なのです。食事を終えた時に、その食事に関わった多くの方々に感謝の意味を込めて「馳走になった。」更に丁寧に「ごちそうさまでした。」とお唱えします。

おいしい料理を作ってくださる料理人さん、お米をはじめ野菜を作ってくださっている農家さん、海へと魚を捕りに行ってくださる漁師さん、牛や豚、鳥などを育ててくださっている畜産家さん、加工に関わる人、運んでくださる人、そして何より命をいただいている生き物に対し「ありがとう」という感謝の気持ちを忘れずに手をあわせて思い起こしてください。


きっと、食事が「当たり前」の事ではなく「有難い」と感じ、美味しく頂けるのではないでしょうか。

現在、新型コロナウイルス感染症の拡大により多くの方に様々な影響が出ています。私たち一人ひとりが出来ることは限られていますが、出来ることの一つとして「感謝する」という事を意識していただけると世界が少し違って見えるかもしれません。

常智院 拝