善光寺法話

このコーナーでは、法話や善光寺にまつわる説話などを紹介してまいります。

【最新】第48回 四苦八苦


「四苦八苦」(しくはっく)と言う言葉があります。


「難しい問題に四苦八苦した」「仕事が忙しくて四苦八苦した」など苦労した時などに使う言葉だと思いますが、この四苦八苦は仏教用語です。四苦八苦と文字だけ見ると「4+8で12の苦しみ」のように思えますが「4+4で8つの苦しみ」になります。


四苦とは「生老病死」(しょうろうびょうし)。人として免れることのできない苦しみを指します。


「生」とは、生まれる苦しみです。
人は生まれるとき母の狭い産道を通り痛みと戦いながら外の世界に出てきます。
生まれると大きな声で泣きますが喜んで泣いているのではなく、
生まれて外気に触れ息を吸い初めての体験に驚いて(苦しくて)産声をあげる苦の始まりです。


「老」とは、年を取ることです。目が悪くなり、足腰が弱り、若いときのように動けなくなる。老いることは避けて通れません。


「病」とは、病気で悩み苦しむことです。


「死」とは、生まれたからには死に向かって歩みが始まります。
死への恐怖、この世への未練、死後の世界への不安などを抱き死んでいく苦しみ。


これら「生老病死」が四苦です。


次の四つの苦しみとは、「怨憎会苦、五蘊盛苦、求不得苦、愛別離苦」


怨憎会苦(おんぞうえく)とは、生きていく中で、いい出会いだけではなく、怨み、憎むものに出会う苦しみです。


五蘊盛苦(ごうんじょうく)とは、説明が難しいですが、この世に生きる苦しみです。
例えば、自分の容姿と自分の性格は自分の思い通りにするのは大変です。
キレイになりたい、明るくなりたい、身長が高くなりたい、と思っても変わることは難しいし、それらに悩みます。
また嫌なものを見たり言われたりすると気持ちが落ち込んだりします。
そんな自分の心身をコントロールできないことへの苦しみです。


求不得苦(ぐふとくく)とは、求めても手に入らない苦しみ。手に入ったとしても、また新しく欲しいものが次々と出てくる苦しみです。


愛別離苦(あいべつりく)とは、親、兄弟姉妹、夫や妻、子などとの生別や死別の苦しみ。家族や肉親だけでなく恋人や動物との別れもあります。


このように、世の中は、四苦八苦に満ちた世界だと言えます。
苦しい思いをして生まれ、また生きることで様々な苦しみに出会います。
生まれてきた世界が苦しみに溢れた世界だと思うと嬉しくないですが、苦しみはつきものです。
しかし人は、「苦」を知ることで「楽」を知ります。
様々な人々との出会い、色々なもの見、美味しいものを食べ、学び、遊び、「生」は楽しいことの出会いの始まりでもあります。
自分の考え方を変えることにより素晴らしい世界に変えることが出来る。
相手の「苦」が判れば「楽」を与えることもできるでしょう。


「四苦八苦」を知ることは幸せの一歩ではないでしょうか。

常行院