善光寺法話

このコーナーでは、法話や善光寺にまつわる説話などを紹介してまいります。

【最新】第27回 春からやってみましょう。

厳しい寒さも一段落、春の訪れを感じるようになりました。善光寺境内にも暖かい日差しに誘われて参拝者の賑わいが戻ってきたように感じます。朝の善光寺のお勤め“朝事(あさじ)”に参列される方も参拝が少し楽になったのではないでしょうか。

年度初めのこの時期の境内では、近くの小学校へ真新しいランドセルを背負って期待に胸を膨らませ登校する小学生も見かけることができます。お勤め(法要)を終えた僧侶や参拝者に大きな声で『おはようございます』という挨拶に、清々しい気持ちになります。

“挨拶”というのは短い言葉なのですが、日々の生活の中で交わさない日は恐らくないでしょう。ただ、挨拶というのはする人のやり方では、受け取る人に不快な思いをさせる事もあるので、気をつけないといけません。その様なことがおきない為のヒントが、経典に記されているのです。

『雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)』という経典があります。その中に、財産がなくても人に施しをして人を助けることができる『無財の七施』という教えがあります。その中の三つの教えが、挨拶のヒントになると思います。
三つというのは『眼施(げんせ)』・『和顔施(わげんせ)』・『言辞施(ごんじせ)』です。目と顔と言葉をもって人へ施すということです。人を見る時に、人を憎まないで好ましい眼差しをもって他人を見る事。誰に対してもいつもにこやかな、和らいだ顔を示す事。そのような眼差しと表情で荒々しい言葉ではなく優しい言葉をかける事。この三つが、挨拶のヒントになるのではないでしょうか。敢えてもう一つ付け加えるとしたら心を込めることでしょうか。

挨拶は頭の中で解っていてもなかなか行えない時もあります。まずはご自身の身近なところで試してみましょう。新生活を迎えたその中で。春の行楽シーズンで善光寺へ参拝されたその時に。善光寺如来の御利益と一緒に、人と人の出会いの中でも三つの教えと心がこもった挨拶で、清らかな気持ちで私たちを幸せへと導いてくれることでしょう。
 

合掌
(良性院)