善光寺法話

このコーナーでは、法話や善光寺にまつわる説話などを紹介してまいります。

【最新】第43回 心の世界

『心の世界』
善光寺を参詣していると、有名な鳩字の額が掲げられた山門前に六体鎮座するお地蔵さん「六地蔵」を目にする方は多いと思います。人は亡くなると天界・人間界・修羅・畜生・餓鬼・地獄を輪廻転生し、再び迷いの世界に生まれ変わる。そのため、迷いの世界から抜け出し、仏の世界へ行くというのが仏教の教えです。六地蔵はそのように六道(または六界)を輪廻する人々を救い出してくれる6体のお地蔵さんです。

【六道(六界)の構成】
○天界
→喜びに溢れている世界。ただし、それに浸るだけ。
○人間界
→私たち人間の世界
○修羅
→争い、諍いなど、怒りに満ちた世界
○畜生
→殺し、戦争など、殺し合いや命を奪う世界
○餓鬼
→いつも欲望や飢えに苦しむ世界
○地獄
→苦しみがどこよりも強い世界

ちなみに、信州善光寺(長野市)の南に位置する長野県上田市の武将で有名なのが真田幸隆と真田昌幸ですが、二人が戦場で掲げていた合戦旗は六文銭です。人は亡くなると三途の川を渡る際、船賃として六文支払うと言われていますが、それは六道から救い出してくれるお地蔵さんに一文ずつ支払うため。真田家が六文銭の合戦旗を採用しているのも、必ずや地蔵菩薩が救ってくれるのだから決死の覚悟で臨むという心意気から来ています。

死後に輪廻する六道(特に修羅以降の世界)は恐ろしいものですが、日々を生きる人々にとってそれ以上に恐ろしく悩ましいものがこの世にある地獄の世界や修羅・畜生・餓鬼の世界ではないでしょうか。私たち人間は日々様々な悩みの中で生きています。人が社会生活を営む上で様々な感情と対峙することは不可欠で、怒り、悲しみ、欲望、嫉妬、迷い、喜び・・・。それは人と人とが関わる中だけでなく自分の中の世界においても生まれるものです。
仏教において、人の心や感情には10個の世界(十界)があると言われます。先述した天界から地獄界までの六道の他に、

○仏の世界
→すでに悟っており、人々を救い、教え導く心を持った人の世界
○菩薩の世界
→他人を助け、教え導きながら、自らも勉強中の人々の世界
○縁覚(えんがく)の世界
→この世の縁起を見て、”自分だけが”悟りに向かう心や行動の世界
○声聞(しょうもん)の世界
→仏の教えを聞き、”自分だけが”悟りに向かう心や行動の世界

以上の四界を足して「十界」といわれます。

仏教では人の心の中にはこの十界が全て備わっていると考えます。私たち人間はある時は欲望や怒りに苛まれ、ある時は周りの人に優しさを見せる。それこそ、仏にも地獄の心は備わっているし、地獄に堕ちた人々にも仏の心は備わっている。そのため、人は十個の心の世界(それぞれの境涯)を互い互いに具(そな)え合っている。そのため、これを『十界互具』(じっかい ごぐ)といいます。

それぞれの世界の人が、十界全てを備えていることは分かりました。ただ、仏と地獄の住人は何が違うのか。それは、ただ単純。地獄の心や行動を「出さない」からに他なりません。怒りの心や、あなたが持つその欲望を恥じる必要はないし、地獄の体験を悔やむ必要もありません。それはこれから周りの人々に寄り添い仏や菩薩の気持ちを起こすために必要なセンスです。負の感情は出さず、ただ寄り添い理解するための「使える道具」だと思って、仏の世界を増やして頂けたら嬉しく思います。

合掌

(甚妙院崇仁)