善光寺法話

第1回 牛に引かれて善光寺参り

「牛に引かれて善光寺参り」

▲「牛に引かれて善光寺参り」

このコーナーでは、法話や善光寺にまつわる説話などを紹介してまいります。第一回目は「牛に引かれて善光寺参り」のお話です。この文句は「一生に一度は善光寺参り」と同じくらい人々に語られています。この話は江戸時代に、善光寺信仰の広まりと共に全国に知られるところとなりました。

牛に引かれて善光寺参り

昔、信濃の国、小県の里に心が貧しい老婆がいました。ある日、軒下に布を干していると、どこからか牛が一頭やってきて、その角に布を引っかけて走り去ってしまいました。女はたいそう腹を立てて、

「憎たらしい。その布を盗んでどうするんだ。」

などと怒りながらその牛を追いかけていきました。ところが牛の逃げ足は早く、なかなか追いつきません。そうする内に、とうとう善光寺の金堂前まで来てしまいました。日は沈み牛はかき消すように見えなくなりました。ところが善光寺の仏さまの光明がさながら昼のように老婆を照らしました。ふと、足下に垂れていた牛の涎(よだれ)を見ると、まるで文字のように見えます。その文字をよく見てみると

うしとのみおもひはなちそこの道に
        なれをみちびくおのが心を

と書いてありました。女はたちまち菩提の心(仏様を信じて覚りを求める心)を起こして、その夜一晩善光寺如来様の前で念仏を称えながら夜を明かしました。昨日追いかけてきた布を探そうとする心はもうなく、家に帰ってこの世の無常を嘆き悲しみながら暮らしていました。たまたま近くの観音堂にお参りしたところ、あの布がお観音さんの足下にあるではないですか。こうなれば、牛に見えたものは、この観音菩薩様の化身であったのだと気づき、ますます善光寺の仏さまを信じて、めでたくも極楽往生を遂げました。そしてこのお観音さまは今、布引観音といわれています。これを世に「牛に引かれて善光寺参り」と語り継いでいるのであります。
(この説話は江戸時代後期の浮世絵師、東都錦朝楼芳虎の「牛に引かれて善光寺参り」と題する絵に添えられた文章を現代語訳したものです。)

善光寺は古来より女性の信仰の対象でありました。主人公のように信心のない女性にも、如来さまはお慈悲をかけ、導いてくださるということを説いています。阿弥陀如来さまの脇侍の観音菩薩さまが牛に化したというのは、まさに観音菩薩が阿弥陀如来さまのお使いとなって善光寺に導いたということなのでしょう。全ての衆生(生命のあるもの)を救済し極楽浄土へ導きたいというのが、阿弥陀如来さまのご誓願です。善光寺にお参りになりました折には、「南無阿弥陀仏」とお念仏をお唱えしていただき、如来さまとご縁をお結びになって下さい。